女優 桜井幸子 芸能界引退!社会に貢献できる個人へ

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ドラマ「高校教師」「未成年」などで知られる人気女優・桜井幸子(36)が年内限りで芸能界から引退することを28日、電撃発表した。公式ホームぺージに桜井自身がつづったもので、「平成21年末をもちましてすべての芸能活動から引退する決断を致しましたことを、ここに報告させて頂きます」と突然の引退報告をした。

  桜井は1988年にCMでデビュー、89年にはドラマデビューし、数多くの作品に出演。優しい雰囲気ながら芯(しん)の強い女性を演じる演技力に、定評が あった。海外ドキュメンタリーなどの仕事も多く、留学の経験も。桜井は「これらの経験が契機となった」とつづり、「数年間考えた末」引退を決断したとい う。

 今後は「より一層社会的見聞を広め、社会に貢献できる個人を目指し、実り豊かな人生となるよう、目標を定め、研鑽(けんさん)に努 めて参りたいと考えております」と具体的な事は明かさなかったが、所属事務所によれば結婚や病気などが理由ではないといい、「今後は海外での経験を生かし たいようです」と説明。海外移住の可能性もありそうだ。

 会見は行わない。今月19日には出演映画「ウルルの森の物語」が公開されたばか り。スクリーンに熱演を残し去る桜井は「これまで多年にわたり暖かい御厚情をいただいた大勢の方々に重ねて御礼申し上げ、私の引退の挨拶にかえさせていた だきたいと思います」と生真面目な人柄をのぞかせていた。(記;デイリースポーツ


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桜井幸子が芸能界引退?

何故に・・・・桜井幸子が芸能界引退??

正直、ここ数年、引退しても復帰があったり、引退発表もなく所属芸能プロダクションのタレント一覧から、いつのまにか名前が削除されていたりということもあり、明確な理由が分からない限りは、芸能プロダクションに所属していればよいのにと感じてしまいます。

桜井幸子の場合はどんな理由なのだろうかと、所属芸能プロダクション(有限会社オフィスニグンニイバ)のホームページを閲覧すると、次のようなお知らせがありました。

芸能、マスコミ関係各位

前略

 私事、桜井幸子は平成21年末をもちまして、すべての芸能活動から引退す
る決断を致しましたことを、ここに報告させて頂きます。

 関係者の皆様、そしてファンの皆様には、長年に渡り御支持を頂き心より感
謝しております。

 私はこれまで女優という仕事に就きながら、十数回海外の仕事を頂き、また、
数回の海外留学の経験をさせて頂きました。これらの経験が契機となり、数年
間考えた末に今回の決断に到りました。

 引退後は、より一層社会的見聞を広め、社会に貢献できる個人を目指し、実
り豊かな人生となるよう、目標を定め、研鑽に努めて参りたいと考えておりま
す。

 皆様にはこのたびの私の決断を御理解頂ければ幸いです。
 これまで多年に渡り暖かい御厚情をいただいた大勢の方々に重ねて御礼申し
上げ、私の引退の挨拶に代えさせていただきたいと思います。

                                     不尽

2009.12.28
桜井幸子

桜井幸子は、海外での仕事や海外留学での経験から、社会に貢献できる個人を目指し芸能活動から引退する決意をしたということだが・・・・

ところで、桜井幸子はどのような芸能活動をしてきたのだろうか?

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★桜井幸子

生年月日 1973年12月20日 射手座
出身地 千葉県山武郡大網白里町
続柄 1男4女の長女
血液型A型
身長 157cm
靴   23.5cm
趣味  音楽鑑賞
学歴 堀越高等学校卒業。

1988年、桜井幸子は、サンスターアクアフレッシュのCMオーディションに合格し芸能界デビュー。
1989年、桜井幸子は、テレビドラマ「青春オーロラ・スピン スワンの涙」に出演(主演は宮沢りえ)。
1990年、桜井幸子は、シングル「ともだちでいようよ」で歌手デビュー。
1991年、桜井幸子は、アルバム「PRELUDE」をリリースするが、歌手としてのプロモーションは少なくなり、1992年以降は女優活動に専念することになる。

1992年、桜井幸子は、連続テレビ小説「おんなは度胸」でヒロインを務める。

1993年には、観月ありさの代役として出演した野島伸司脚本「高校教師」に出演し、真田広之演じる主人公と恋に落ちる女子高生・二宮繭役を演じ、一躍人気女優となる。

2003年12月20日、桜井幸子は、音楽プロデューサーの田中聡と結婚。
2006年4月27日、桜井幸子は、音楽プロデューサーの田中聡と離婚。

2009年12月28日、2009年をもって芸能界を引退することを報告した。

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未成年未成年






桜井幸子で印象的なのは、1993年から1995年までの野島伸司 脚本のドラマに出演しころです。

  • 高校教師(1993年) - 二宮繭 役
  • 人間・失格?たとえばぼくが死んだら(1994年) - 森田千尋 役
  • 未成年(1995年)- 新村萌香 役
野島伸司 脚本のドラマは、暴力、いじめ、障害者、自殺問題など、現代社会の暗部を独自の視点で鋭く切り取った作品であり、ありとあらゆる不幸が登場人物に苛烈なまでに襲いかかる展開が描かれ、過剰な描写も多い。

そういうこともあり、桜井幸子が幸薄く儚げな女性という印象強く残ってしまい、印象深いが故に、その後の作品での印象が弱く感じてしまいました。

よくありがちな子役で印象が強い作品に出演すると、その後の作品でも引きずってしまいような感じと同様に・・・・

しかし、桜井幸子は現在までコンスタントに女優活動をしていたと感じますし、野島伸司 脚本のドラマに出演したから芸能界引退に結び付いたということでもないと思います。

桜井幸子は33歳で離婚していることなども、なにかしら心境の変化というものがあったのかな??


社会に貢献できる個人を目指し芸能活動から引退する決意した桜井幸子。

芸能界活動しながら社会貢献している人たちもいると思うのだが、桜井幸子にとって、女優業というものは、今後の人生で足かせになると感じたのかもしれませんね。

さて、桜井幸子の考える社会貢献できる個人とは何なのだろうか?

桜井幸子の女優最後の仕事となった映画「ウルルの森の物語」(2009年)のモデルとなった野生動物専門獣医師・齊藤慶輔は、中学までフランスの田舎町で過ごし、小学校の体験授業で地元の獣医師に出逢い、動物のみならず自然環境全般について熟知している姿に大き な感銘を受けたという。現在では釧路湿原の中にある野生動物保護センターで絶滅の危機にある猛禽類の保護を中心に活動しています。

桜井幸子は女優として映画「ウルルの森の物語」の野生動物専門獣医師・齊藤慶輔のような世界で活動する人たちを係わり、"社会貢献"ということに関心を強めていったのではと感じています。

女優としてではなく、個人として関わりたい!


ホランティア活動?
政界進出???

それとも・・・・・



いずれにせよ、女優 桜井幸子が出演した作品に魅了させていただきました。

女優 桜井幸子 ありがとう!

女優 桜井幸子 お疲れ様でした!

今後、よりよき人生を過ごすことを願っています。




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このページは、M-BROTHERが2009年12月29日 PMに書いたブログ記事です。

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